フジコ・ヘミングさんが2024年4月21日、膵臓(すいぞう)がんにより92歳で亡くなったとのニュースが報道されました。
日本を中心に人気のピアニストであるフジコ・ヘミングさん。
この記事では、フジコ・ヘミングさんのその人気の理由についてや、心に刺さる名言集について、また、フジコ・ヘミングさんの作品について記事にまとめていきたいと思います。
フジコ・ヘミングのプロフィール
出生名:ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコ
アルファベット表記:Georgii-Hemming Ingrid Fuzjko
生年月日:1932年12月5日
死没:2024年4月21日(91歳没)
学歴:東京藝術大学卒業・ベルリン国立音楽学校卒業
職業:ピアニスト
活動期間:1950年 – 2024年
フジコ・ヘミングさんはスウェーデン人の画家であり建築家である父親ヨスタ・ゲオルギー・ヘミングさんと、日本人ピアニストである母親、大月投網子さんとの間にドイツ、ベルリンで誕生します。
5歳の時に、両親・弟と家族4人で日本に移住しましたが、スウェーデン人の父親は日本に馴染めず、家族3人を残し一人スウェーデンに帰国してしまいます。
以来、母と弟と共に東京の渋谷穏田で暮らし、5歳から母の手ほどきでピアノを始めました。
フジコ・ヘミングさんは35歳の際、リサイタル直前に風邪をこじらせ(貧しさで、真冬の部屋に暖房をつけることができなかったためとされています)、聴力を失うという悲劇に見舞われてしまいます。
やっとの思いで掴んだリサイタルという大きなチャンスを逃してしまうのです。
フジコ・ヘミングさんは既に16歳の頃、中耳炎の悪化により右耳の聴力を失っていましたが、この時に左耳の聴力も失ってしまったとのことです。
その後、左耳の聴覚は40%程度までに回復はされたとのことですが、悲劇的な出来事でした。
フジコ・ヘミングさんが有名になったきっかけとしては、1999年2月11日にNHKのドキュメント番組『ETV特集』「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が放映されたことです。
この放送が大きな反響を呼び、フジコブームが起こりました。
その後、発売されたデビューCD『奇蹟のカンパネラ』は、発売後3ヶ月で30万枚のセールスを記録し、日本のクラシック界では異例の大ヒットとなったのです。
第14回日本ゴールドディスク大賞の「クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」他各賞を受賞されました。
フジコ・ヘミングはなぜ人気?【人気の理由5選】
フジコ・ヘミングさんがこれほどまでに人気を博している理由について、調べてみました。
ピアノの音色に深みがある
フジコ・ヘミングさんの奏でるピアノの音色には、深みがあると言われています。
私より技術がうまいピアニストは世界にいっぱいいる。でも、そんな機械のような演奏はしたくない。たとえば、フォルテシモだからといってガーンとやるのは大間違い。ちゃんとブレーキをかけて弾かなくては。ショパンのきれいなメロディーのところは、マリア・カラス(歌手)が歌っているように弾かなくてはならない。私は音色で評価されてきたから、その音色をもっと良くしようと努力している。
技術のすぐれた演奏法での演奏ならば練習して技術さえ身に着ければ誰にでもできますが、フジコ・ヘミングさんの演奏には違った魅力があり、そこに引き付けられる人が多くいるだと推測されます。
名言をたくさん持っている
フジコ・ヘミングの言葉
— アマデウス (@GyyARm5pyYHddh0) December 20, 2022
初心者はピアノを弾くための指の練習なんかしないほうがいい。曲の中には、とんでもなく難しい部分があるでしょ。私はその曲の中で、指の練習をすることにしているの。人生は、指の練習をしているには短すぎるし、第一、意味がないもの pic.twitter.com/TT9oD1zqGK
この記事でも後ほど「心に刺さる名言集」として、フジコ・ヘミングさんの画像と共に数々の名言を紹介しておりますが、とにかく言葉に重みがあるということも、人気の秘密です。
困難を乗り越えてこられた人生に共感できる
プロフィールの欄でも紹介したように、幼いころに父親が家族を置いて帰国してしまったり、ピアニストでありながら聴覚を失うという困難に見舞われたりと、多くの困難に見舞われた人生を送られています。
そんな困難にも負けずに、自分の生き方を貫いたフジコ・ヘミングさんの生き方に共感される方が多くいらっしゃることも事実です。
努力を惜しまない
ピアニストとして致命的ともいえる耳が聞こえなくなる、という壮絶なハンデを乗り越え、ピアニストとしてひたすらに努力をしてこられたフジコ・ヘミングさんの努力を惜しまない姿に共感する方も多くいらっしゃいます。
自分の信念を貫いている
「フジコ・ヘミングさんの演奏は下手」であったり「なぜこんなに人気なのかが分からない」といった一部の意見があることも事実です。
しかし、そんな意見を受けても、フジコ・ヘミングさんはテンポの遅さやミスタッチを気にせず信念を持った自分の演奏法を貫かれたところに共感する方が多くいらっしゃいます。
フジコ・ヘミングの心に刺さる名言集【画像】
フジコ・ヘミングさんは生前、様々な名言を残されています。
そのどれもが心に刺さる名言と話題となっています。
人間はなんのために生きるのかって考えてみると、苦難を乗り越えていくために生きるのだと思う。なにもしないで、生きていこうなんて生き方はだめよ
ピアニストとして認められたのは60代後半。でも若いときに成功したかったとは思わない
誰が弾いても同じなら、私が弾く意味なんてない。だから私は私だけの音を大切にしているの
辛いことがあっても私は負けなかった。いつかはこの状況から抜け出せる日が来ると信じていたから。
ぶっこわれそうなカンパネラがあったっていい。魂が燃え尽きるほどのノクターンがあったっていい。機械じゃないんだから
まさに人生そのものがにじみ出るような、フジコ・ヘミングさんのの魂の演奏がゆえの名言ですね。
同じ曲を何度も繰り返し弾いていると、硬さがとれてとろりとしてくる。私はそれでいいの
目の前にある現実だけを見て、幸福だとか不幸だとか判断してはいけない。その時は不幸だと思っていたことが、後で考えてみると、より大きな幸福のために必要だったということがよくあるの。
どんなに教養があって立派な人でも、心に傷がない人には魅力がない。他人の痛みというものがわからないから。
人生が、予定通り順調にうまくいくことなんて絶対にないの。ありえないことよ。そうならないように頑張るでしょ。だから人生がおもしろくなるんじゃない
人生って短すぎます。少し賢くなったと思ったら、もう年取っているんだから
私の人生にとって一番大切なことは、小さな命に対する愛情や行為を最優先させること。自分より困っている誰かを助けたり、野良一匹でも救うために人は命を授かっているのよ
人生は諦めたら終わり。私は苦しみながらも希望を捨てませんでした。人生をくよくよして渡らないことです
人生にはやりたいこと、読みたい本、見に行ってみたいバレエ公演、他にもいっぱいありますよね。結婚していなくて良かったと思います
恋をしているとピアノはあまり良く弾けません。でも、恋はお酒に酔っ払っているようにすてきではありませんか。若さを保つのにも良いでしょう
私のコンサートに何度も来てくださる人々は素晴らしい方たちだと思います。つまり、私の芸術、私の思い、動物や弱い者に対しての哀れみなどを心で感じてくださる日本人たちで、心からありがたいと感謝しています
どんなことも、あきらめなければ必ず道は開けてくる。
自分の成功にふさわしい時期がくるまでひたすら待つということも、大切なこと
フジコ・ヘミングの人気の作品
フジコ・ヘミングさんの最も有名なCDはこちらになります。
フジコ・ヘミングさんは、様々な作品を発出されております。
フジコ・ヘミングさんは、絵画の制作もされていらっしゃいました。
【理由5選】フジコ・ヘミングなぜ人気?名言集が心に刺さる!まとめ
フジコ・ヘミングさんについての記事を記載してまいりました。
ピアニストとしてだけではなく、画家としても才能を発揮されていたフジコ・ヘミングさん。
これからも彼女の作品は、私たちに感動を与え続けてくれることでしょう。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。